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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)167号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人遠藤周藏、同鍛冶利一上告趣意第一點について。

本件は、裁判所構成法による仙臺地方裁判所に第二審事件として繋屬中裁判所法が施行されたので、裁判所法施行法に基く裁判所法施行令第三條第一項、第二項第二號の規定によって、裁判所法による仙臺地方裁判所がこれを管轄、審理判決したものである。それ故、その上告は裁判所法第一六條第三號にいわゆる地方裁判所の第二審判決に對する上告として、仙臺高等裁判所がこれを管轄すべきものであることは明かである。論旨は、獨自の見地に立ってかかる上告の裁判權もまた最高裁判所に屬すると主張するのであるが、大審院は舊憲法と、裁判所構成法とに基く構成と組織と性格を有する裁判所であり、最高裁判所は厳肅な歴史的背景の下に日本国憲法と裁判所法とに基く特殊の構成と組織と性格を有する裁判所である。共に司法權を行使する機關であり、又わが国における最上級の裁判所であるという關係において、相互の間に類似性はあるが、両者の構成、組織、權限、職務、使命及び性格が著しく異ることは、敢て多言を要しないところである。最高裁判所の裁判權については、違憲審査を必要とする事件がその管轄に屬すべきことは憲法上要請されているところであるが、その他の事件の裁判權については法律の定めるところに一任されたものと解するを相當とする。されば、最高裁判所は必ずしも常に上告審のみを擔當すべきものとは限らない。外国の事例も示すように、時に第一審事件を取扱うこともあり得る。又上告審は、必ずしも常に最高裁判所のみによって擔當さるべきものとも限らない。下級裁判所がこれを取扱うこともあり得る。その間における法律解釋統一の問題は、他にいくらも解決の道が存する。要はかかる審級の問題は、法律が諸般の事情を考慮して適當に定むべきものである。されば明治憲法及び裁判所構成法は廢止せられ、代って日本国憲法及び裁判所法が新に実施せられるに際し、廢止となった各裁判所において從來受理していた一群の訴訟事件を處理するに當って、冒頭記載のように取扱う規定を設けたと言っても、立法の上で国民の基本的人權は十分に尊重せられておるから憲法第一三條に違反するものではない。又かかる特殊性を有する一群の從前事件は、一團として立法上平等に取扱われており、国民は人種、信條、性別、社会的身分又は門地によって毫も差別待遇をうけていないから、所論のごとく憲法第一四條に違反するものでもない。次に国民は冒頭に述べる順序に從って純然たる司法裁判所において裁判を受ける權利が保障されているから、所論のごとく憲法第三二條、第七六條第二項に違反するものと言うこともできない。されば論旨は何れも理由なきものである。

同第二點第三點について。

第二審判決においては、被告人の同審供述の外相被告人の同審供述及び山内健二の始末書と題する書面中の記載を證據として事実を認定したものである。相被告人は、時に被告人と利害關係を異にし自己の利益を本位として供述する傾向があり、又相被告人は宣誓の上僞證の責任をもって供述する立場にいながら、被告人の自白がないのに相被告人の供述のみを唯一の證據として斷罪することは、大いに考えなければならない問題であるが、それはさておき被告人の自白が存する場合に補強證據として相被告人の供述を用いることは、差支ないものと言わねばならぬ。ましてや本件においては、山内健二の始末書と題する書面中の記載という有力な補強證據が他に存在しているのであるから、憲法第三八條第三項違反の問題は生じないのである。論旨は理由がない。

同第四點について。

刑訴應急措置法第一二條は、證人その他の者の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類を證據とするには、被告人の請求があったときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機會を被告人に與えることを必要とし、憲法第三七條に基き被告人は、公費で自己のために強制手續によりかかる證人の訊問を請求することができるし、又證人に對して充分に審問する機會を與えられることができ不當に訊問權の行使を制限されることがない譯である。しかし裁判所は、被告人側からかかる證人の訊問請求がない場合においても、義務として現実に訊問の機會を被告人に與えなければ、これらの書類を證據とすることができないものと解すべき理由はどこにも存在しない。憲法の諸規定は、將來の刑事訴訟の手續が一層直接主義に徹せんとする契機を充分に包藏しているが、それがどの程度に具體的に現実化されてゆくかは、社會の実情に即して適當に規制せらるべき立法政策の問題である。今直ちに憲法第三七條を根據として、論旨のごとく第三者の供述を證據とするにはその者を公判において證人として訊問すべきものであり、公判廷外における聽取書又は供述に代る書面をもって證人に代えることは絶對に許されないと斷定し去るは、早計に過ぎるものであって到底賛同することができない。論旨は、それ故に理由なきものである。

本件に關する裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。

上告趣意第一點について。

論旨は本件は裁判所構成法に從い、仙台裁判所に公訴の提起があった事件であるから、公訴提起後法令の變更がなければ、大審院に上告しえた事件であった。然るに憲法施行後裁判所法同施行令が実施せられて、本件の上告審を仙台高等裁判所の管轄としたのは、關係法令の解釋からしても又憲法第十三條、第十四條及び第三十二條からしても憲法に違反するものであるというのである。

国民が或法令が憲法に違反するとして裁判上爭う場合は、その法令を適用される結果、當事者の憲法上の權利が侵害される場合でなくてはならぬ。それは裁判所の違憲審査の根本原則である。從て當事者の憲法上保障されている權利が當該法令で侵害されたとすれば、たとえ憲法が最高裁判所の違憲審査を除いて、裁判所の組織乃至管轄を法律の定める所に一任していても、法令は當事者の有する憲法上保障されている權利を侵害する規定を設けることができなかったものであるから、論旨については上告人の主張する保障の有無及びその内容について判斷すべきものである。

論旨前段の關係法令の解釋に關する主張であるが、當該法令の條項が憲法の保障に反しない限りは、違憲でない法令の解釋問題であって、從て當該法令の解釋だけで、その違憲性を主張することはできない。

次に論旨が擧げている憲法の各條項は、憲法施行後に於て、国民の基本的人權又はその特權を保障するものであって、憲法はその施行前に遡及するものではない(憲法第百條)。從て憲法第十四條の法律平等保護の保障は、憲法施行後法律が差別待遇を規律することを禁ずるものであるが、憲法施行前の法律が與えた取扱と施行後制定せられた法律の與える取扱との間の平等、不平等の待遇までも規律するものではない。憲法第三十二條に掲げる何人も裁判上の救濟を求めうる權利についても同樣である。憲法は第三十九條の場合を除いては、憲法施行後の法律がその制定実施前(憲法施行前をも含む)の行爲に效力を及すことを禁ずる保障を掲げてはいないから、憲法第三十九條の原則で保障されない限り刑事被告人が仙台區裁判所へ起訴された當時に大審院へ上告しえた權利をもっていたとしても、憲法施行後制定された法令で大審院とは別な裁判所へ上告することとなっても右法令の違憲の問題を生ずるものではない。而て憲法第三十九條前段のいわゆる事後法禁止の原則は法律が刑事被告人の地位を犯行當時に比してその不利益に變更することを禁ずる趣旨であると一般に解釋せらせれておるものであるが、裁判所が審理をする成規の手續に異るところがなければ、被告人の地位を実質的に法律上不利益ならしめたものではない。從て被告人が犯行當時仙台區裁判所へ起訴されて大審院へ上告しえたであろうけれども、その後制定せられた法令で仙台高等裁判所へ上告することとなっても當該法令の違憲の問題を生じないものである。論旨は理由がないものである。

同第四點について。

憲法第三十七條第二項は、被告人又は辯護人の面前でされる證人の供述でなければ證據にとれない。言いかえれば、供述を録取した書類を讀聞けただけでは證據とすることができない。即ち直接審理の原則を宣明したものである。刑訴應急措置法第十二條はこの趣旨に適合するように解釋せられなくてはならぬ。同條は、證人その他の者が當審公判廷以外で被告人の面前で供述をしても(即ち審問の機會が與えられたのである)直接審理主義から言えば、當時公判廷で更に被告人の面前で證人をして供述せしむべきものである。けれども被告人には既に審問の機會が與えられているのであるから、被告人又は辯護人からその請求がなければ、その供述を録取した書類又は之に代るべき書類を讀聞けて證據とすることができるという趣旨と解すべきものである。

尤も被告人に傷害された被害者が瀕死の場合に彼を證人として被告人に審問の機會を與えることが著しく困難な場合がある。又被告人に既に審問の機會が與えられた證人その他の者が既に死亡し又は外国に去った場合がある。これらの場合に直接審理主義が制限せられるのも已むをえないであろう。然るに一度も被告人に對質の機會を與えず即ち裁判所も直接審理の機會を持たなかった證人その他の者が單に死亡し若くは国外に去ったという理由で、當然にその供述に證據能力が出てくるものではありえない。瀕死の被害者の供述と雖も容易に信用できないものである。けだし被害者が被告人を見違うこともあり又他の動機で被告人を罪に陥れんとすることもあるであろうから、瀕死の一事を以てその供述を録取した書類に證據能力を認めるのさえ必しも公正を期しえないものである。而てこの理由は第三者が被害者でなく而も死亡せず又は国外に去らない場合でも同様でなくてはならぬ。從て刑訴應急措置法第十二條は人權を尊重する上に於て、出來る限り厳格に解釋すべきものである。

元來憲法第三十七條第二項の特權は、第三者の供述を、被告人に對質もさせないで即ち審問の機會も與えないで、單に讀聞けただけで斷罪した専制政府の裁判に對し、人權を擁護するために出來た保障であって、恐るべき裁判の歴史の産物である。專制政府が自分の好ましからずとする人物を倒すのには、これ程有力な武器はなかったし又ないであろうと思はれる。犯罪捜索の機關である司法警察官又は檢察官が證據を蒐集する段階で作成した報告書即ち聽取書は、理論上は公訴機關が公訴を提起するか否かを判斷する資料に過ぎないものである。之を公訴提起後に公訴機關が公判期日に證據として提出した場合に(彈劾主義の建前から、かように解釋すべきものである)この報告書に録取された第三者の供述については、捜索の段階で、被告人に審問の機會が與えられたわけではないから、裁判所は直接審理主義に基いて、被告人又は辯護人の面前で供述者を證人として訊問した後でなければ證據にとれないことを原則とすべきである。ことに第三者の供述によって被告人に刑責を負はせる場合の如き、裁判所としては未だ嘗て直接審理をしたことがないのに、(たとえ裁判所にとって本人の刑責が明であると認めても)その供述を録取した書類によって裁判するのは、被告人又は辯護人の請求の有無に拘らず、憲法第三十七條第二項の原則に反するものである。從て刑訴應急措置法第十二條は、前掲のような特殊事由がある場合を除いては、原則として嘗て審問の機會が與えられた證人その他の者の供述を録取した書類と解すべきであると考える。同條が刑事訴訟法第三百三十四條を適用しないとしたにもかかわらず、同條を極めて皮相に文理解釋して、却て刑訴第三百四十三條以下の審理に終らんとするのは、同條が憲法第三十七條第二項を前提として出來ていることを忘れるものである。

裁判官齋藤悠輔の本件に對する意見は次のとおりである。

刑訴應急措置法第一七條第一項は、憲法第八一條から由來したもので、この憲法の規定は司法の權限、すなわち、立法及び行政行爲に對するいわゆる違憲審査決定權を最高裁判所を終審とする司法裁判所に與え、司法裁判所にその優位を認めた規定であり、從って右憲法の規定にいわゆる「處分」とは行政處分を指し、裁判及び個々の司法處分はこれに含まれないものである。裁判又は、個々の司法處分に對する違憲審査については、司法固有の領域に屬する訴訟手續中の異議若しくは上訴又は非常上訴として訴訟法において規定せららるべき事柄で、右憲法規定がこれを定めたものではない。それ故前記措置法にいわゆる「処分」も行政處分を指し司法處分をいうものでないと解すべきである。次に、右措置法第一七條にいわゆる判斷とは、同法第二條の「刑事訴訟法は、……裁判所法……制定の趣旨に適合するようにこれを解釈しなければならない。」との規定並びに裁判所法第一〇條第一號「當事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。」同第二號「前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。」とある規定に徴し、當事者の主張に基く明示又は黙示の判斷若しくは、裁判所の職權発動に基く否定的な判斷(すなわち適合しないと認めたとき)を指すものと解すべきである。また同第一七條に原上告判決において、かかる判斷の存すること及びその判斷の不當であるときに限り、再上告を爲し得るものとしたのは、元來上告は判決に對し法令違反を理由とする不服申立をいうものであり、從ってこれを許容するには原判決の存在を前提とするものであり、そして判決とは事件に對する裁判所の判斷に外ならないから、原上告判決に、憲法適否の判斷が存在しないときは、特に再上告を許すべき不服申立の目的物を缺くことになり、また、その判斷の不當を理由としない限り、特に再上告を許す必要がないからである。それ故原上告判決において、前記のごとき判斷が存在すること並びにその判斷の不當であることを再上告の理由とすることは共に再上告の厳格な適法要件であると解すべきである。

然るに本件再上告趣意第一點は本上告人が原上告審においてかゝる主張をした形跡がなく、原上告判決もこれにつき何等觸れるところがなく、措置法第一七條所定の判斷が存在しないものであるから、既にこの點で不適法たるを免れない。しかのみならず管轄上告裁判所は上告さるべき原判決のあった時期を標準として決すべきもので、所論のように公訴提起又は第二審に係屬中の時を標準とすべきでないから既に所論の前提において理由なきものである。

また、同第二、三點は原上告判決の判斷が前記措置法所定の「処分」に關しない點で不適法たるを免れない。しかのみならず、共同被告人は自己も亦被告人ではあるが、當該被告本人以外の第三者であるから、被告人に對する關係においては、共犯關係、刑事訴追その他法律上利害關係を有するため宣誓をしないで訊問される證人(刑訴第二〇一條第一八八條參照)とその法律上の性質を異にするものではない。それ故、その供述は、かゝる證人の供述と同じく被告人に對する證據たるに毫も妨げないものである。從って本件は唯一の證據が本人の自白である場合に該らないもので論旨いずれも理由なきものである。

なお論旨第四點は、この點につき原上告判決において、憲法適否の判斷が全然存しないから不適法たるを免れない。しかのみならず、憲法第三七條は、国家に對するいわゆる受益權の一種を刑事被告人に與へた規定であって、刑事手續として直接審理主義を採用することを定めた規定ではない。それ故刑事被告人にして、自ら右權利を行使せざるにかかわらず、裁判所が、職權を以て必ず證人を公判廷において直接訊問すべく、從って被告人の請求を條件とする刑訴應急措置法第一二條は違憲なりとする所論は根底において理由なきものである。

よって、刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は、理由に關する少數意見を除き裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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